もうすぐ春ですね~!
春を感じられる花が咲いているのを見ると、嬉しくなりますね!
側壁から生えるたくましい菜の花

最近読んだ本…ネドじゅんさんの最新刊

こちらの本では、ネドさんと「本体さん」との会話、右脳回帰することによる‟オカン流の悟り”、未来構想のようなことなどが描かれてありました。
ネドさんワールド全開!で、面白かったです。
ネドさんのこれまでの本では(全部は読んでおりませんが…)、脳のしくみや現代では使われていない「右脳」のはたらきを取り返すためのワークについてが詳しく書かれていたかと思いますが、こちらの本ではそこはさらっとした説明となっていました。
‟右脳さん”は『太古から大自然を生き抜いてきた野性的な脳』で、「いま・ここ」に集中するのが得意で直観を担当し、身体の神経と繋がることで右脳さんは活性化される。
‟左脳さん”は『人間社会を生き抜こうと進化してきた言葉をつかさどる脳』で、過去や未来を考えることが好きで、社会に適応するべく思考して、個をコントロールするようにはたらく。
どちらも大切なはたらきをしているのですが、現代では左脳のはたらきが過重になっていて右脳がほとんど機能しなくなっている、というところが問題なのですね。
この本を読んでから自分を振り返ってみても、外の状況を感じるのにいつも言葉で認識して、感じている‟ふり”をしているよなあ…と気づかされました。
状況に対する反応を言語化する癖、がついてしまってるのですよね。
たとえば、菜の花を見た時には「春がきてるな。きれいだな~」って、すぐに言語化してしまうという感じで。
それは「菜の花は春に咲く花」という知識があるから、その知識情報によって春を感じている気がしているのであって、菜の花そのものを愛でて春の感覚を味わっているわけではなかったよなあ…と。
これまた頭で考えると、そうだよなあ、なるほど~…と思うのですが、それを体感で味わうというのは、思考過多な私にとってはかなり難しいことでして。
言語化する癖をすぐ治すのは難しいので、とにかくまずは身体がどう感じているのか、を言語化していく方向にしていくといいのかもなあと思いました。
つまり、左脳的思考→右脳的思考ではなく、右脳的思考→左脳的思考という方向にもっていく練習をするといいのかなあ、と。
これは、タロットで絵から受けたイメージを考えるとかするのもよい練習になるかも!と思いましたが…(まあ一応そういうふうにやってきてはいるのですがね…)
占星術だとどうしても知識から入るので、左脳思考になりやすいのはしょうがないのですが、これも『金星ー木星ー海王星』のラインを使うように意識してみたらよいのかも!と、松村潔氏の本に書かれてあったことを思い出しました。
『神秘のサビアン占星術』の本の中に、惑星マトリクスについての説明があります☟

惑星はスピリチュアル、ソーシャル、パーソナルという階層に分けられていますが、この3つの階層はそれぞれのレベルにおいて「目的」、「可能性」、「決定」という3つのリズムが反復することで階層を上昇したり下降したりする、ということなのですね。
で、中心の柱がそれぞれの階層の代表(目的)となり、左右の項目は中心に従属した原理を示している、ということなのですが。
なので、右脳の柱を活性化させるには、金星のはたらきである「身体で感じることができる感覚」や「情感の育成」を通じて、木星のはたらきである「安心・寛大さ」や「緊張感から解放されたリラックス感」を通じて、海王星のはたらきである「神秘的な地下鉱脈」や「不可思議な力の豊饒さ」を獲得していければいいのかもなあ…と。
そして、その獲得のしかたについては、自分のチャートのサビアンシンボルからイメージをふくらませてみてもいいかもしれませんね。
とにかく右脳活性には、ネドさんが推奨する『お腹を意識した呼吸法』と『自動思考に対する気づき』がまずは最重要ということでして、意識してやっていると少しずつは変わってきているような気もしております。
何しろ最近はグルグル思考が少なくなっているように感じますし、よく眠れるようになってきましたので!(^^)!
ただ、私はネドさんの『エレベーターの呼吸』がどうもうまくイメージできないので、自分なりに考えた『大樹の呼吸』のやり方を試みております。
参考になるかどうかわかりませんが、書いてみますと…
息を吸う時には、樹が根っこから水や栄養を吸い上げ、お腹のあたりの幹の内部は螺旋状になっていて栄養分が昇っていき、枝葉のすみずみまで届くようなイメージです。
太い幹には顔があって、吸う時には目がぱっちり開いていて光を受け取るようなイメージ。
で、息を吐く時は、逆に枝葉の光合成によってできた栄養を根っこの方に螺旋状に降ろしていく感じで、幹の顔も目を閉じていて、夜の呼吸で二酸化炭素を放出していくようなイメージでゆ~っくりと息を吐ききります。
イメージを伝えてチャット君に絵を描いてもらいましたよ!


そういえば、この本の中でネドさんは「エコって言葉が苦手なんですけど…」と書かれてありまして。
「あ…私のブログ名って、えこなんだけどな~…」と思ってしまいました(笑)
ネドさんが「エコ」が苦手な理由として…
『おのずと「自然vs人間社会」みたいな構図をつくり出してしまって、人間の存在を否定する側面がある気がするからです。自然から自分たちをはみ出させて、相対するものにしてしまっていますよね。そうするとやっぱり、深いところでの自己否定に繋がり、個人の中での苦しみにも繋がってしまう。…』
ということを書かれていて、なるほどなあと思いました。
確かにエコは「環境に優しい」という意味をもちますが、それが行き過ぎると人間は悪者みたいな罪悪感に繋がってしまうかもしれませんよね。
まあ私は「小さなエコ」という名前にしていますし、ネドさんにもええやん?と思ってほしいものですがね…(^^;)
そういえばちょっと似たような話として、以前に書いたブログで「nature」の訳について書いたことがあるのですが。
「nature」には自然の中に人間が含まれていないという意味として辞典に記載されていた、ということらしく、ラジオでちらっと聴いたのは私の勘違いだったのだな!ということがわかってスッキリしたことがありました。
ラジオで聴いた話から「nature」の意味が気になった…と書いたブログ記事☟
その後、稲垣さんの本を読んで「nature」の訳について考えさせられたブログ記事☟
連想でどんどん話が飛んでしまいましたが…(笑)
今は魚座に海王星・土星・太陽がありますし(トロピカル基準)、魚座っぽいつかみどころのない拡がり感や混沌さのある時期なのかもなあ…ということで。
そういうことを体感として楽しんでいくのも、右脳シフトにいいのかもしれませんね!