牡牛座満月(皆既月食)・天王星食 『るろうに剣心』の感想

一昨日は皆既月食で、天王星食も伴うということで話題になりましたね~!

皆既食と惑星食が同時に起きるのは日本では442年ぶりということですし、次回は322年後の土星食ということで。

晴れていたので、よく見えましたね。

まあ夕食時間でしたし、私はじっくりとは見てないのですけど、旦那が望遠レンズで写真を撮ってくれました!

地球を通して太陽の赤い光だけがうっすら月に届くことで赤銅色に見える月食
欠けていく月と、欠けから戻っていく月

月食ということで太陽と地球と月が一直線に並ぶのですけど、今回は特別に「天王星食」ということですから、太陽―地球ー月ー天王星という並び方をしていることになりますね。

これはいったい占星術的にはどういうことなんだろう…と考えていたのですが。

普通の満月だとビジョンが形になる時だと考えますけど、月食だと地球によって月への太陽光線が遮られますから潜在的なところでの何らかの達成という形で出てくるのか?とか、地球への天王星の影響に月のフィルターがかかるような感じになるのかな?とか考えていたのですが。

松村潔氏がYouTube動画で、今回の食についての簡単な説明動画をあげてくださっていたのを見つけて、なるほど~!でした。

2022年11月8日の月食の意味 - YouTube

月食というのは具体的な現象面に出るというよりも、集合意識として心理的なものに影響を及ぼすようですね。

そして天王星食ということでは、天王星による月の書き換えということで、これから3000年~?かけて、じわ~っと影響していくのでしょうねえ…。

 

 

満月軸は17度(数え)で、17度は松村氏著の『ディグリー占星術』によると「瓦礫の中で新たな希望を見出す」という意味をもつ度数です。

月と天王星の牡牛座17度のサビアンシンボルは『剣とたいまつの間の戦い』というもので、戦いや摩擦を起こしながら創作と破壊を繰り返すことで、より優れたものを創り出していく、という意味で。

天王星の意味を含めて考えると、世間的には受け入れられにくいものとか未来的なものを摩擦を起こして創り出す…という説明だったかと。

月と天王星は11ハウスでドラゴンヘッド側にありますから、未来や新しい希望に向かうために葛藤しながらも改革していくような感じになるのでしょうね。

反対側の太陽は蠍座17度でサビアンシンボルは、『自分自身の子どもの父である女』というもの。

松村氏は両性具有的・自己生殖的という風に説明されていましたし、自分の内面にある裏側の要素に気づくことで変容する自分を認めるとか可能性を見出す、といった意味になるのかな。

太陽は5ハウスで水星・金星と合ですしドラゴンテイル側にあるので、過去のご縁やカルマといった要素について、蠍座的に隠された言動や深い愛情を伴いながらも発散・昇華しようとするような雰囲気があるでしょうか。

この対角線の星配置に対して、8ハウスから普遍的な思想を目指すとか新しいシステムを構築しようとする水瓶座土星が横やりを入れてきますね。

この配置は、経済的な吐き出しや組織の変動などが考えられますし、月食でドラゴン軸も絡んでいるので、所属する人間関係のしがらみに巻き込まれやすい、といったことは出てくるかと。

今起きているトップの入れ替わりなどの現象は、この配置が効いているような気がします。

 

天頂のMCには魚座海王星がぴったり合で、5ハウスの水星・太陽・金星とはトラインですし、ここは何だか夢見心地ですしどっぷりと感情移入して楽しむとか、芸術的な創作意欲が感じられる配置かと。

海王星木星は12ハウスにある双子座火星とはスクエア、火星は7ハウスの冥王星とは150度ですので、隠れたところで火星が暴走しそうな感じはあるかなあ。

双子座で12ハウスなので、マスコミとかネット情報ということが思い浮かびますけど、筋違いのところで煽るとか、情報に深刻さを含んでいるとかやり過ぎ感がある…といった感じになるのかもしれません。

流れてくる情報の取捨選択、発信での舌禍などには気をつけていきたいですね。

 

さて、私の月食頃と言えば、松村氏の水晶の本を読んで水晶に興味を持つとか、体調的にはお腹をくだしており…、あとは少し前に放送された映画『るろうに剣心』のfinalとbeginningの録画を観ました。

で、今回の月のサビアンシンボルが『剣とたいまつ…』だったのを知って、『るろうに剣心』っぽい?とか思ってみたのですけど(笑)

finalの方では巴(ともえ)の弟の縁(えにし)との、深い恨みや悲しみの感情が絡んだ戦いの話でしたし、beginningの方は剣心の頬の傷を背負った過去の話になるのですが、儚く切ない世界観で余韻も強く残りました。

徳川の世で虐げられた人々を護るために新時代への改革を目指し、そのために冷徹に多くの要人を容赦なく切ってきた‟人斬り抜刀斎”である剣心が、過去を秘めた巴と出会ったことで心揺れ動いていきます。

‟巴を内包する剣心”としての在り方を生み出したのが、beginningのお話だったかなあ…と思います。

巴のセリフには、今の時勢にも通じるものを感じました。

祇園祭に巴と剣心で出かけた時のセリフ〉

ここにいる全ての人が誰かの子どもで。

全ての人に誰か大切な人がいて。

そんな人たちと当たり前のような毎日がずっと続くと思っていて…

平和のための戦いというものなどが本当にあるのでしょうか。

世の中のためであれば 高い志があれば 

小さな何かが犠牲になることは致し方ないことなのでしょうか。

あなたもその犠牲者ではないのですか?

 

るろうに剣心」は漫画(アニメ)の実写化だったのですけど、フィクションの世界観が肉体をもつ人間像として実感を伴って浸食してくる…という感じが、私にとっては今回の牡牛座の月食図っぽい印象だったかもなあ…と思いました。

ちなみに、松村氏の説明では半年前の部分日食で種まきしたことが月食では何らかの収穫となるという話をしていたので、私はどんなことを考えていたのかブログを読み返してみたのですが。

small-eco.hatenadiary.com

宮崎駿監督やジブリアニメについて考えていたのですが、そういえば1週間前にはジブリパークが開園したよな…と思い出し、これが集合意識の実現化ということかも?と思うことにしましたが(笑)

半年前にどんなことを思っていたかを振り返ってみると、思わぬ形となっていることもあるのかもしれませんね~(^-^)